The VISION トップの描く未来図

守谷昌紀
株式会社 一級建築士事務所 アトリエ m 建築家/代表取締役

守谷昌紀

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略歴

1994年近畿大学理工学部建築学科卒業。’94~'96年設計事務所勤務。’97年一級建築士事務所アトリエm設立。’11「Kayashima Photo Studio Ohana」で『キッズデザイン賞』受賞。「住之江の元長屋」で『大阪の住まい力アップ:第1回リフォーム・リノベーションコンクール』で最優秀賞を受賞。'17年11月『建築家と家を建てる、という決断』出版。作品放映、受賞多数。

現在の仕事についた経緯は?

高校生の頃、家業のガラス屋の手伝いで現場へ行った時のこと。
ちょっと雰囲気の違った人が、洒落た車で現れ、黒のジャケットを羽織り、監督と現場を見回り始めました。父に聞くと「あれは設計の先生で、どんな家を建てるのかを考える人なんだ」と言う。
当時、憧れの職業は、小説家、画家、漫才師、プロレスラーでしたが、「何を作るのか考えるのが仕事なら、それは楽しいだろうな」と思ったこと。高校生なりに、自由の風を感じたのだと思います。
もうひとつは、やはり安藤忠雄の存在。学歴がなくても、自分の努力で世界のトップまで登りつめられるということを体現してくれました。関西の私学しか合格できなかった私にとってはまさに希望の星でした。

仕事へのこだわり

2005年、「新築住宅の相談をしたい」と訪ねてこられたのは、テレビで見たことがあるタレントさんでした。
様々な国を訪れた彼女は、オランダの都心部に建つアパルトメントは、住宅が密集する環境が似ている大阪にも良く似合うはずだと。オランダ風ではなく、本物のレンガを使ったそのものを建てたいというオーダーでした。オランダへ行ったことも、レンガの家を建てたことも無い私は、自分が設計してよいものかよくよく考えてみました。
彼女が求めていたのは、「汚れても、古くなっても、可愛いおうち」で、洗い場は小さくてもバスタブが大きい方が良い、窓はアルミ製より汚れても味があるスチール製が希望、外壁は初めから汚れているようなものが良いなどなど。

色々な人に結構反対されるなか、当社のwebサイトを見つけて下さったのです。仕事が進むと決まってから、何故私に相談して下さったか訊ねてみました。
「ブログに、花が好きだと書いていたから」妻
「好きなものに、海と書いてあったから」夫
花が好きで海が好きな人に悪い人などいないだろう、という話になったそうです。

それまで、格好のいい作品を創れば仕事が来ると考えていました。それも必要だと思いますが、こだわった家を建てたいと思う人は、もっと深いところ、そして人も見ているのだとわかり始めました。
人を種類で分けられないように、好きや幸せは誰もが違います。それを共有できれば、草木が太陽に向かって真っすぐ伸びるように、必ず幸せな建築が出来上がるはずです。
また、そのような物創りをすれば、同じ物など有りようが無く、アイデアが枯れることもない。これこそが私の生き方ではないかと考えるようになりました。

若者へのメッセージ

25歳の時に起業し、誰よりも早く日本一の建築家になってみせると、我武者羅に働いてきたつもりです。しかし、その夢は未だ達成できていません。学生として高度経済成長、バブル経済を経験した私にとって、社会人とは「早くなりたい」ものでした。しかし、バブル崩壊後に社会人となり、また起業して感じたことは、「世間の荒波が、これ程までに高く、厳しいものだったとは……」でした。

競争は世界規模となり、時代背景も決して楽観できるものではありません。しかし、何としても人生を賭けてもよいと思える仕事を見つけて欲しいと思います。働き方改革が叫ばれ、人の幸せはただ働けば実現できるものではないという話も理解できます。ただ「安楽は充実を生まない」という真理が変わることもないはずです。仕事とは、一緒に人生を駆ける馬とも言えます。是非、自らの直観を信じ、人生を添い遂げられる最高のパートナーを見つけて欲しいと思うのです。50歳になっても、仕事が楽になることは全くありませんが、夢を持って働けるこの喜びは、何にも替えがたいと感じます。

人生は一度きり。勇気をもって、自分の行きたい場所へ行って下さい。それが、社会を、世界を明るくすることだと信じています。