The VISION トップの描く未来図

梛木 春幸
株式会社樹楽 代表取締役社長

梛木 春幸

[ 明朗 愛和 喜働 ]

略歴

辻調理師専門学校卒業。京都老舗料亭入社。関西の料亭、割烹、ホテルなどで修行して、その後、料亭、割烹、ホテルなどで総料理長をして、親が病気で倒れたことがきっかけで鹿児島に帰省。そこで、独立株式会社樹楽。行政の職での地域活性化事業。講演家として年間200講演。飲食店プロデュース・コンサル事業。高校生レストランプロデュース。YouTuber。など活躍中。著書に「フランスで大人気の日本料理教室」(三才ブックス出版社)など多数。

現在の仕事についた経緯は?

32年間の日本料理の料理人としての経験や知識や実績などを活かして、皆んなが喜ぶ事をしていくをテーマに、講演家、商品開発、料理教室、料理番組、食育活動、食で町おこし、飲食店プロデュース・コンサル、YouTuber、高校生レストラン、著書などを最初から仕掛けてきたと言うよりも、色んな方々に求められて、どんどん広がって来ました。誰もやっていない、日本料理の料理人として、基本さえしっかり勉強しておけば、新しい分野を造って行っています。最初は同業者から非難しかなかったのが、10年超えてくると今は教えてくれと来ています。

仕事へのこだわり

私はテレビや講演家として、人前に出る事がとても多いです。それは、単に目立ちたいとか、そう言う物では無く、影響力を持ちたいのです。それは、私が32年生きて来た日本料理の世界では、食材が無ければ成り立ちません。その食材を育てている。もしくは採っている一次産業の方々は、後継者不足と言われて平均年齢は65歳とも言われています。その中身を言うと、後継者は確実にいるんです。その息子たちが「父ちゃん!ボチボチ東京を引き上げて、俺も田舎に帰って農業(漁師)をやろうかな!」と言うと「何を言っとるんや!こんな難儀ばかりして、収入にもならんし!お前にはさせたくないわ!東京の方が仕事がいっぱいあるんやから、帰ってこんで良いから、東京におらんか!」と言います。息子は帰りたいと言ってるのに、帰ってくるなです。後継者不足では無く、後継者を作ろうとしていないのが現実なのです。
なので、このままだと地方は人が居なくなり、学校が閉校廃校になり、悲鳴を上げています。そこで、32年の実績のある料理人である私にこの問題に対して出来る事は何か無いのか!それが田舎に帰って来た使命では無いのか!と言うところから、私自身が影響力を持って、この一次産業の代弁者となり、この一次産業を潤う事をしていっています。
私は料理人から、売り物にならない価値の低い魚を8倍ほどの値段で仕入れて鹿児島の厄介者の桜島の火山灰で桜島灰干しの加工を始めて、流通のおかしい世界を知りました。例えば1,000円の売値のものが、大手の売り場に並ぶと50%程をその大手の企業が取ります。ただ売り場に並べて空調の効いた所でピッとレジを通すだけで半分も取るのです。それから、中間が取っていけば一次産業は値段を叩かれ、何をやってるのか分からない程の低い儲けしか無いのです。一次産業は奴隷でも召使いでも無いのです。一番汗水かいて、天候に振り回され物凄いリスクを背負ってやっています。私一人では何も出来ませんが、皆んなでこの変な流通のシステムを変えて、一次産業から値段を決めて行くようにしていけるような形を造って行こうと動いています。

若者へのメッセージ

私も何が正解かは解りませんが、基本は誰も損をしない皆んなが喜ぶことをするには、どうしたら良いかを考えると答えが出てくるような気がします。私の場合は、価値のない物に価値を付けて行く事でみんなに喜んでもらう!を基本にやっております。私がやった桜島灰干しもそうでしたが、誰もやった事がない事をする時、とても勇気もいるし孤独を感じます。でも誰もやっていないからチャンスなんです。ロジックもエビデンスも無い根拠の無い自信だけでやって来ました。それは、自分だけが儲かる事では無く、一次産業を助ける為の桜島灰干しだったからです。そうして、マスコミがどんどん来て、夢にも見たガイアの夜明けが密着に来たのです。
だから、あまり構えず、型にはまらず、失敗も成功の元として行動すると色々と見えて来ます。皆んなが喜ぶことを、どんどんやっていきましょう!