The VISION トップの描く未来図

大野幸子
合同会社ナンバーツー 挑戦者の翻訳者 × アーティスト

大野幸子

[ 願いは叶う ]

略歴

福岡県出身。慶應義塾大学文学部卒業。 大学卒業後、マーケティングベンチャーにて法人営業を担当。2014年パートナーと共に合同会社ナンバーツー設立。コーチングや企業研修のマネジメントを行う。2017年より、経営者と1対1で対話し、経営理念や社名、商品名をコピーライティングするココロイキを始動。「想いの翻訳事業」として、2年で60社の策定を行う。 2020年より、画家としての活動を本格始動。活動を開始して4ヶ月後に初となる個展を開催し、50点を出品。「直感・即興・無意識」をテーマに、その時々のインスピレーションを画面に起こす即興的なプロセスで制作を行う。そのプロセスを経ることで、観る人の中に何か開放的なエネルギーや、一歩を踏み出す力を宿すことが願い。生きる中で常に果たしたいのは「美しいものに触れ、見続ける」こと。自らの手で、最上に美しいものを生み出すことを目標に活動を続けている。

現在の仕事についた経緯は?

現在行っている仕事は大きく2つあり、一つは挑戦している人(主に経営者)のビジョンや理念を言語化して軸を定める「想いの翻訳」事業。もう一つは、主に抽象画を制作する画家としての活動です。

どちらの仕事を始めた際にも共通しているのは「人の勧め」で始めた、ということです。
挑戦者の翻訳者としての活動も、経営コンサル歴20年の女性が、「あなたは人の思考を整理し、それを形にする力がある」と教えてくれたことがきっかけでした。
また、画家の活動も、私の絵を見てくださった方が「あなたには、絶対に才能がある。こういった才能がある人間は、やらなければならないんだ」と言って、3時間かけて説得してもらえたことで、決意が固まりました。

仕事へのこだわり

私は30歳になる頃まで、「自分のやりたいことが分からない」ともがき苦しむ苦しい時代を送りました。「今何をしているの?」と「将来何をしたいの?」というのは、私を苦しめた二大質問。日々の仕事については、5年ほど営業職をしていたので、「どうしたら会社よりもまずお客様に貢献できるのか」「お客様同士の公平性を担保するのか」などは叩き込まれましたが、まずは自分のキャリアで精一杯な時代でした。

30歳になって、自分の中で天職だと思える「理念づくり」を始めてからは、「自分の名前」で仕事をする環境に置かれました。その中で仕事の精度はもちろん、「あの人に頼んで良かった」と思える人間であり続ける、ということを意識しました。「挑戦者の翻訳者」という肩書きで仕事をしている以上、自分自身もまた挑戦者でありたい。また、理念をつくる仕事をしている以上、自分自身も常に社会的意義を考えながら仕事をする人間であることを心がけています。

一番直近に始めた「画業」については、より自分自身の自由な在り方と、作品が与えるエネルギーの関係性を意識するようになりました。今までの仕事は意識をグッとクライアントに向けていましたが、絵については内面の深掘りや冒険を繰り広げた分絵に力が宿り、結果エネルギーを還元できることになります。そういう意味で、今まで以上に自分に真剣に向き合う毎日です。
それと同時に、もっと新しいモデルはないか?アートに触れたことのない人が触れられる機会はないか?ということも、自分らしく模索し、次々と実験中です。

若者へのメッセージ

先にもお伝えした通り、私自身は、自分の進むべき道が分からない時期が長くなりました。しかし今になってよかったと思うのは「絶対に歩みを止めなかった」ことです。
辛い時、人に会うのは勇気がいります。キラキラと輝いている人と話すのは、劣等感に打ちひしがれることも多かったです。
しかし、人と話す中で自分の特長や強みをフィードバックされ、気づくことができます。天職と呼べるようなものに必要な能力は、自分にとっては「当たり前」ものも多かったりして、なかなか自分で気づくことができません。だからこそ、人からの意見がすごく助けとなります。
分からないときこそ、引きこもるのではなく歩みを続ける。そうやってもがいた分だけ、確実に望む未来に近づくことができます。それを信じて、歩き続けてください。