The VISION トップの描く未来図

竹田恒泰
作家

竹田恒泰

[ 誇りを持って生きる大切さ。 ]

略歴

1975年、旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫にあたる。 慶応義塾大学法学部法律学科卒業。専門は、憲法学・史学。作家であり、また慶応義塾 大学法学研究科講師(憲法学)として、「特殊憲法学(天皇と憲法)」を教えている。 また、未来を担う若者に真実の日本を教える「竹田研究会」という会員制の勉強会を展開している。会員数は、日本全国で6,000人以上。(2012年現在)

現在の仕事についた経緯は?

明治天皇の玄孫と言われる旧皇族の家庭に生まれた私は、箸の上げ下げ、靴のそろえ方など、身の回りの事に関する様々な教えを厳しく受けて育ちました。旧皇族の出身者として恥ずべきことはしてはならない、菊の紋を背負い、日の丸を背負っているのだという自覚を幼い頃から意識してきたのです。

大学時代には世界情勢を肌で感じようと、戦争が開戦する前のイラク・バクダッドへ渡りました。しかしその後、戦時下で友人50名の命を失い、自分の不甲斐なさに大きな挫折を味わいました。人生の中で築こうとしていた地位や名誉など、いかにちっぽけなことかを思い知らされたのです。生きているという事がどれだけ幸せなのか、どういう価値があるのか、そこで改めて、自分の心の中に「公」という意識が芽生えたように思います。

何かの縁があって日本人に生まれ、偶然にも旧皇族の家庭に生まれたのです。どうせなら精一杯、自分の人生をかけて日本の国の為に生きてみようと思うようになりました。
そして当時の肩書きを全て捨て、言論活動に勤しむことを決めたのです。「ペンは剣よりも強し」という言葉に倣い、言論通じて、言論の力で世のため人のためになることを続けようと思ったからです。

仕事へのこだわり

これまで幾度となく、覚悟を決めて突き進む機会がありました。とくに私の場合は特異な家系で育っていることもありましたから、「私の発言自体が皇族の統一見解にもとられかねない」という意見をいただくことも多々あったためです。それが足かせや見えないプレッシャーになってしまうこともありました。

作家として初めて書籍を刊行する際には、ほとんどの執筆を終えた頃に出版できないところまで追い詰められたこともあります。意気消沈した私は、伊勢の神宮と神武天皇の御陵に向かいました。祈りを捧げ念じた瞬間、ものすごい数の烏が凄まじい勢いで羽ばたきました。その時、神武天皇を大和の地に導いたのは八咫烏だったことを思い出しました。この出来事を機に私は奮起し、晴れて出版に漕ぎ着くことができました。あの烏たちが飛び立っていなければ、今日の自分はなかったと思っています。

若者へのメッセージ

日本は、建国から2000年以上の時を経た歴史ある国です。意外にも、世界192カ国もの国家がある中で、最も古い歴史を持っているのです。そうした歴史を見つめるだけでも、いかに日本人として生まれてきたことが誇らしいことなのかを痛感させられます。若い方々も、自分が日本に生まれ、日本人である事に誇りを持って生きてほしい。そうした誇りを持った国の未来は、いつの日も前途洋々たるものだと思いますから。